2年前、ミャンマーで英霊供養碑の補修をさせていただいた際の様子。貴重な機会をいただきました
こんにちは! 三重県・和歌山県南部にてお墓のお仕事をさせていただいております、湊石材店の湊です。今回は、以前行かせていただいた、ミャンマーでの英霊供養碑補修の様子をご紹介いたします。
【ミャンマー英霊供養碑補修(2年前)】
ミャンマーにある英霊供養碑の補修に行かせていただいたのは、2年前のことです。ヤンゴン日本人墓地にある供養碑で、大東亜戦争で亡くなられた方々の鎮魂のために建てられたものです。ここを訪れるのは二回目でした。
初めに訪れたのは3年前で、お世話になっている和尚様からのお声かけがきっかけでした。戦争でビルマ(現在のミャンマー)へ出征されたお父様と会ったことがなく、お父様に会いに行きたい・存在を感じたいという、熊野市にお住まいの方から相談を受けたそうです。そのとき初めて訪れて、この供養碑や墓地を管理しているヤンゴン日本人会の池谷修さんに、この碑が建てられたいきさつなど、様々なお話を伺いました。
終戦時、ビルマ(ミャンマー)の地で終戦を迎えた日本人捕虜の人々は、イギリスの管理下にあり、戦争によって壊れた橋の建設等にかりだされていたそうです。当時、イギリス兵の戦死者のためのお墓はありましたが、日本兵の戦死者のお墓はなく、「どうしても同志のためのお墓を建てたい」と思案した日本人捕虜たちが、橋の建設に使われているセメントを少しずつ持ち寄って、この供養碑を作ったということでした。様々な思いのこもった、とても大切な供養碑であることを知りました。ただ、終戦後に作られてから70年以上の月日が経った供養碑は、ところどころにひび割れができてきていました。和尚様はそれをとても気になさっていて、私に「思いの詰まったあの碑の修復が出来ないか?」とお声かけくださったことで、修復をさせていただくことになりました。
作業前、お経を上げていただいて皆様で手を合わせ、これから補修をさせていただくことをご報告しました。
供養碑の頭の部分です。たくさんのひび割れが見られました。
こちらも大きなひび割れです。はがれてきてしまいそうな状態です。
作業開始です。和尚様も着替えてお手伝いくださいました^^ 日本から持参した、セメントと、水をはじくメヂセメント(お風呂のタイルの目地などに使用する水をはじくセメント)を調合して、ひび割れをふさいでいきます。
高いところははしごをかけて作業します。墓地の管理をされている現地の方も手伝ってくださいました。
角の細かい部分などは少し難しいので、私が丁寧に作業をしました。コテできれいに整えながら補修します。
セメントの色は、この碑に近い色に合わせました。ミャンマーはこのとき雨季と聞いていましたので、「雨の中の厳しい作業になるかもしれない」と覚悟してきたのですが、作業当日はこの季節には珍しい晴天で、南国の心地よい風の中、作業することができました。
大きな供養碑を、お手伝いしてくださった和尚様も一緒に隅々まで心を込めて補修しました。無事にひび割れをきれいにふさぎ、作業を終えました。
作業完了後、供養碑の隣にある礼拝堂で完了のご報告をさせていただきました。作業中は、雨季にも関わらず晴天でスムーズに作業を進めることができましたが、作業終了を見計らったかのように雨が降り出し、英霊の方々が見守ってくださっていたのかなと、なにか不思議な力を感じるような出来事でした。この修復が、少しでもご供養になれば幸いです。
戦後70年以上が経ち、私自身も含め、今の日本は戦争を知らない世代がほとんどです。これまでは遠いところの話のような気がしていましたが、こうして実際に戦争があった地に行って、形として残っている供養碑そのものや、それを大切に守っている方々の思いに触れることで、私のこれまで抱いていた戦争に対する考え方は変わりました。今思うと、戦時中のことをよく知っている祖父や祖母に、もっと話を聞いておけばよかったとも思います。そして、「確かにここで亡くなった方がいたんだ」ということを実感するという意味でも、お墓はとても大切なものなんだなと、お墓の持つ力を再確認する貴重な機会となりました。こうした機会を与えていただき、ありがたく思います。